何事も失敗と反省と練習の積み重ねが大切です。


by toukaei

カテゴリ:胡思乱想( 2 )

ふたご座流星群、14日夜が出現ピーク
2006年12月11日
 毎年出現する三大流星群の一つ、ふたご座流星群が14日夜にピークを迎える。国立天文台によると、今年は流星の数が多いほか、月の出が遅い時期に当たるため、初心者でも見やすい。ピーク時の天気が悪くても、前後数日間は流星の出現が期待できるという。(時事)


日本では流星が見える、うらやましい。
私はまだ見たこと一度も無い。
出現した時はいつも夜明け方なので
そんな時は周公と合いにした。
へへーーーー
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by toukaei | 2006-12-12 10:28 | 胡思乱想

景山公園から見る北京

景山公園から見る北京
文・写真 于 前


 聞き慣れたことでも、よくよく考えて見ると、「何だか違うなあ」と思うことが結構ある。例えば「地球を救う」という表現。この言葉の美しく聞こえる響きに私は感動する。一方で、私は、その言葉の偽りの一面に疑問をもつようになった。地球が壊滅すれば、一番困るのは人間自身のはずである。本来、感情を持っているのは地球ではなく、人間のはずだ。だとすれば、救わなければならないのは人間であり、私たちである。

平时听惯了东西有时仔细想想”好像哪里怪怪的”.比如说”拯救地球”这样的说法.这个词听起来好听我很感动.可转念一想我又对这词的虚伪一面抱有疑问.地球如果毁灭了,最难办的应该是人本身.本有有感情的并不是地球,应该是人.如果是这样的话,最应该拯救的是人类,是我们.


 2004年の秋、北京の実家に帰った。久しぶりに北京の景色を見るため朝7時に家を出て、北京中心に立つ故宮の北側にある景山公園の山に登った。92メートルの小高い山で、山の上から北京市内を一望できる有名な場所だ。明の最後の皇帝がこの山で首吊り自殺を遂げ、明王朝17代、295年の歴史に幕を閉じた。

2004年秋天,回了北京老家.为了一睹久违的北京风景早上7点便从家出发,登上了位于北京市中心的故宫北面的景山公园.可以从这座92米的小高山看见北京市内最值得一看的地方.明朝最后一个皇帝在这座山上上吊自杀,也意味着明王朝17代,历史295年的历史落下帷幕.


 眼下に広がる北京を眺めた私は、にわかに自分の目を信じる勇気がなくなった。極彩色の美に輝く故宮の隣にある、黒色のピータンのような建物が光り輝いていた。それは北京で初めて見る「中国国家劇場」だった。その日から3日間続けて、私は違う時間を選んで同じ場所へ向かった。目に入ってくる景色はどう目を凝らして見ても、情けない味がした。「現代化」された新しい北京の風景が、このまま将来の歴史になると思うと、北京人の私はもっと変わり行く北京を記録しておくべきだと強く感じた。

眺望着眼前的北京,突然有点怀疑自己的眼睛.在绚丽多彩故宫的旁边,像黑皮蛋般的建筑在闪耀着.那是北京最初的[中国国家剧院].那天后连续三天,我都在不同时间去了同一地方.映入眼帘北京的景象,让我有种强烈的想法:如果这些都在将来变为历史,那做为北京人的我,更应该去记录变化的北京,
 
北京にいる友達は、市の中心部に向かって毎日歩く私が理解できないようだ。友達は「外国から帰ってくる中国人は、なぜかチャイナ服が好きになっている。嘘っぽい顔で、『古い北京、四合院を守ろう』などと言い出す態度には、違和感しか残らない」とも言う。
在北京的朋友,好像都不太能理解我每天步行去市中心.[这从回国的中国人,怎么都变得喜欢唐装啊.说什么”哎呀,要保护好老北京,四合院呀”,真是,假得要命]朋友这样说道.

 四合院は4つの面に家屋があり、あるいは4つの面が壁に囲まれた家屋のこと。北京人が代々居住してきた代表的な建築様式で、北京を象徴する建物だけにとどまらず、北京の歴史の縮図とも言える住まいである。

四合院是有东南西北面,或者这四面都有围墙围着的房子.是北京人世代居住的代表性建筑物,可以说不仅仅是象征北京的,而是北京历史缩影的住房.


 北京市内の再開発ラッシュで、四合院がたくさん壊されているという話を日本人の知人の口からうるさいほど聞かされたのは、10年程前のことだ。熱心に語る日本人の顔を眺めながら、私は腐った苦瓜を食べているかのように、飲み下しにくい気持ちに襲われた。

“北京市内因为改造风潮,很多四合院都被拆掉了”,像类似的话从日本朋友那里听到,也是10多年前的事了.一边看着兴致勃勃说着日本人的脸,我
 
それは北京人だから出る反応ではない。先祖代々北京に住んでいるような古い北京人と違って、私には古い四合院の朱色の門を見て、古槐樹下で隣近所の人達の笑い声を聞きながら、路地で遊んで育ったというような記憶は全くない。都市の固い鉄筋セメントの建物で暮らす方が、「新しい北京人」の生活にふさわしく、幸せだと思っていた。

那不是一个北京人该有的反应.与世代住在北京的老北京不同,像看着大红的老四合院大门,听着在老槐树下左邻右舍的笑声,在马路边玩耍长大, 我完全没有这样的记忆.还是觉得在城市的钢筋水泥中生活比较符合[新北京人]的生活,很幸福.
 
一部の高級幹部たちが住む四合院を除いて、普通の市民が住む四合院は、住みやすいとは言えなかった。古い家だから修理など手入れに手間がかかる。数家族がが同じ屋根の下で暮らすため、個人の空間が足りない。みんなで共同トイレや練炭ストーブを使って厳しい冬を過ごすものだった。

除了部分高级干部住的四合院,大部分普通老百姓住的四合院也不是很舒适的.因为是老房子要检修那样还是要下功夫的.因为多户人家住在同一屋檐下,就缺少个人空间.大家共用卫生间呀, 蜂窝煤炉度过严冬.
 
私は北京を離れて海外で暮らす中で、四合院の価値を知った。ずっと北京に生まれ育ち、今も北京にいる友人が理解できないのも無理はない。私がその昔、都会のマンション暮らしに価値を見出していたように。

我在离开北京在国外生活中,才明白了四合院的价值所在.在北京土生土长,现在还在北京的朋友无法理解也是情有可原的.就像我之前,明白在城市小区生活的价值.
 
北京という都市の古い記憶がなくなりつつある。それは再開発ラッシュで突然消えたのではない。物理的に姿を消す前に、私たちの意識の内側から早々と消えていったからだ。

对于北京这个城市的回忆正在渐渐远去.并不是说是再改造风潮突然停止,而是当实实在在的东西突然消失时,我们记忆中那个部分早已远去了.
 
景山公園の小高い山から見る風景は、北京の過去と現在、そして未来を映し出している。対極的な建物が織り成す異様な光景は、私自身の軌跡と確実につながっている。

从景山公园小高山眺望的景色,映衬着北京的过去与现在,甚至将来.我自己的生活轨迹与极端对比的建筑交织成的异样景像密切相关.
(02/01)
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by toukaei | 2006-11-22 12:00 | 胡思乱想